鬱によって受け取れてない/受け取りすぎが発生している気がする

 鬱によって自己評価が下がっていたり気分がすこぶる落ち込んでいたりするせいか、物事をフェアにジャッジできていない感覚がある。
どんなものでも素晴らしく見えてしまうし、自分にはこんなすごいものが作れないから……と基準が著しく狂った謙虚さでもって、何を見聞きしても過剰に評価しているような。
世の人が異常なくらいに物事に対して冷めていて嫌味ったらしく感じて辛くなったりもする。こんなに全てが素晴らしいのにどうしてそんなひどいことを言うんだろう……とショックを受けている最中に、いや待てよ、これは自分の認知の歪みだよな、自分以外の人は比較的正常な状態でまともにフェアに評価した上でこういう低評価をしているんだ、と考えなおしたりする。
自分の感覚が信じられないのと同じように人の感覚も信じられなくなっていて、「酒浸りの脳で映画なんか分かるわけないじゃん断酒してから物を言え」とめちゃくちゃ攻撃的で支配的な禁酒を相手に心の中で要求していたりする。創作物に対して自分がへりくだるのに比例して、創作物に対して横柄な態度を取る人への自分の攻撃性がいや増していく。創作物を思考停止で神聖視しているみたいで自分が嫌だ。そんなこと考えたらそもそも鬱病で脳が弱ってる私が映画を観ても何も受け取れてないんじゃないか?と思い始めると辛くて、治るまでしばらく何も見たくない気持ちになるけど、長いこと治らずにいるので治るのを待っていたらもう何もできない。なんか認識や考え方が全部めちゃくちゃになっている。
自殺した友達が、亡くなる前にやたら攻撃的になって周囲とトラブルを起こしまくっていたのを覚えていて、自分が彼のあの時の状態に近づいているんじゃないか、という心配がいつもある。
その彼との共通の知人が、彼の死後に「正直、彼が亡くなったときにちょっとホッとしてしまった」と言うのを聞いて、この人は私や他の人が死んだときも同じことを思ったり言ったりするんだろうか……と感じたらすごく辛くなった。
こういうのも全部あんまり健康な反応や思考ではない気がする。