河原の幽霊

 陸上部の思い出が少ない。

 

 中学に入学当初、野球部に仮入部した私は、最初の二週間ほど他の仮入部した新入生たちと一緒に校舎の外周をマラソンするだけの放課後を送っていた。球拾いすらしていなかった。野球のヤの字も出ない、ただ走るだけの二週間。仮入部なんて、そんなものかもしれない。グラウンドを他の部が使用しているため、あまり新入生に使わせる時間が取れなかった、というのもあるだろう。

ともかく外周を走るだけの仮入部期間だった。

当時の私は今よりもひどい方向音痴で、たとえ校舎の周りだろうと、集団から離れてしまったら二度と校舎へと帰れないくらいの子羊だったため、とりあえず前の人に着いて走ることに心血を注いでいた。

走り終わって校舎へと辿り着き、整理体操をしているときに、ふと何か、新入生や引率の先輩の顔ぶれが違うことに気がついた。そもそも集合場所からして違うのだ。なんだろう。何が起きたんだ。確かに前の人に着いて走っていたのに。いやでも入学して間もないし、人の顔をよく覚えていないだけもしれない。実際問題あまり覚えていないので、体操を終えたあとは普通に帰ってしまった。

外周で他の部の列と並走したときに、どうやら、間違えてそちらに着いていってしまったらしいことに気付いたのは、入部届を出したときだった。

別にいいか、と思った。どうせ二週間、走っていただけなのだ。走るのは好きだし。野球部に未練は無かった。友達が仮入部するというのでなんとなく一緒に参加したにすぎない、それなら陸上部でも変わらないだろう。というわけで陸上部に入部した。

 

今になって思うと野球部に入っておけばよかったなと感じる。母校の陸上部は本当に走るだけで、ハードル走も走り幅跳びも何もなく、ひたすらに地味だった。それはそれで良いんだけど、たとえ試合に出れないにしても野球のほうが魅力的だったし、小学生の頃に少年野球に所属して、いじめられつつも野球自体は好きだったから。ただ中学高校の野球部にも苦手なやつが多くて、そこでもやっぱりいじめられたかな、という不安はある。そもそも野球部に所属していなくても結果的に野球部員にいじめられたので、これはもう、そういう人間は野球部に吸い込まれてくるんだ、というのを早めに学習して距離を置いておくべきだった。それだけなんだ。

 

陸上部の印象は全然ない。大会には出なかったし部活自体にあまり行かなかったし、たまに気が向いたときに一緒に走るぐらいだった。いつもつるんでいる友達が先に帰ったときに、やることがないので陸上部へ行くと、陸上部に所属している友達がいるので、部活が終わったあとにそいつと遊ぶ、という、部活や運動そのものではなくて遊び相手を求める動機で参加していた。

そんなこんなでだらだらと過ごし、ある日、顧問から部費を払えと言われたときに、「私は合宿も大会も参加してないしトレーニング器具も使ってないですよ」と屁理屈を言ったら、すぐに追い出されて退部になり、それでも放課後にやることが無いときには陸上部に随伴して走っていた。もう幽霊部員ですらなかった。陸上部員の何人かは私が部員でないことを知らなかったらしい。

 

卒業してから数年が経った。今でもなんとなく、やることがないときに走りたくなって、家の近くの河原で、ひとり、陸上部をやっている。当時と同じメニューで。面倒くさいときは大雑把に省いて。