小説

必殺技

「一緒に考えた必殺技、まだ覚えてる?」 詩織が懐かしむように話す。季節は冬。場所は新宿の居酒屋の片隅。私たちの通っていた中高一貫の女子校の、初めての小規模な同窓会。その席で、詩織は饒舌に私を困らせる。「必殺技?なにそれ」「えー。たくさん作っ…

『輪』

インジャージーを抜けたあたりでアウトジャージーのガッタガタの道路がタイヤを殺しにかかってくる。俺の車は何度も同じ道を走らされることに辟易していて、スペアのタイヤなんてもう使い切っていて、今履いてるやつより少しマシだけど中古で売ったら値が付…

ドーナツ、コール

コール。 眠りかけた私の耳元に鳴り響いた、控えめな呼び出し音に頭を上げる。 ずれてしまっていたヘッドセットマイクを調整する。よし。 応答。 「はい。こちら自殺ストップセンターです」

角地の小さなマッチ箱

家を買った。角地の小さなマッチ箱のような、ささやかな家だ。バカなことをしたと思う。1990年。わざわざ値上がりしているときに買う必要はまったくなかったと言っていい。前に住んでいた家も値上がりしていたので、それを売って手に入ったまとまった額を、…

時代狂殺人

正しい時代に生まれてしまった。 誰もが義務を果たしている。彼らは能力と意欲の主張に余念がなく、その一挙一動が私に劣等感を植え付け、あらゆる活動から遠ざけていく。高架橋の下を通ると正しさがゴロゴロと私を押しつぶす重たい音が聞こえる。 薄暗く湿…

毎日は坂をやる

缶コーヒーのプルタブを勢いよく引っ張って反対側まで押し込みすぎて飲み口からタブが出てこなくなって、それでもコーヒーは飲めるよ、でも気になるからなんとかしてタブを引っ張りだそうとしてたら指を切って、血がコーヒーの中に落ちていって、もう飲みた…